糸𥔎神社について

御祭神

息長帯日売命おきながたらしひめのみこと (神功皇后)じんぐうこうごう

品陀和気命ほんだわけのみこと (応神天皇)おうじんてんのう

帯中津日子命たらしなかつひこのみこと (仲哀天皇)ちゅうあいてんのう

御神徳

 御三柱ともに日本国の基礎をきずかれ、あらゆる方面の守護神とされます。
 応神天皇は言わずと知れた八幡神。古くは朝廷と武家を守護する武神として、現代では勝負運の神様として崇敬されています。また、新技術や学問の海外からの移入に励まれたと日本書紀が伝えるところにより、現代では、文武両道の神様として崇敬されています。
 仲哀天皇は自ら弓矢を取って鬼を退治したとの物語が伝わっているため、厄除けの神様と捉えられます。仲哀天皇の鬼退治の物語は、神楽の定番演目「塵倫」となっています。
 神功皇后は応神天皇をご懐妊、臨月で三韓に出征、帰国後無事出産されたことから子授安産子守の守護神とされています。また、神々の助けによって三韓への渡海を無事に乗り切ったことから、航海・海上安全の神様としても崇敬されています。

由緒

天平元年(729年)宇佐八幡宮より御分霊として応神天皇の御産髪を勧請して創祁したと伝える。

近世に至り小早川氏が社領三百三十石を安堵、銭百五十貫を寄進。その後、福島氏、浅野氏に崇敬されている。元和八年(1612年)7月15日に炎上、棟札写しによると寛永元年(1624年)6月に広島藩主浅野長晟公を大願主、三原藩主浅野忠長公を大旦主として本殿再建。同十四年に本殿葺替、万治二年(1659年)拝殿造立する。

宝暦二年(1752年)に再び火災に罹り、同九年に現在の本殿を再建した。

大正十三年には県社に列格した。

現在伊勢神宮をご本宗と仰ぐ宗教法人神社本庁に所属する。

伝承

神功皇后が西征のみぎり、沖に軍船を停泊され、この地で水を調達された。その水を長井の水といい、当地を長井浦と称すと伝える。

その縁に因み当神社が創祁されたという。

水を献上した村長を木梨真人といい真人神社としてこの境内に祀られている。水を汲んだ井水は御調井みつぎい、御調の井戸と呼ばれ、かつて広島県東部にあった御調郡の地名の興りとされる。

現在地名の糸崎は、「井戸崎」の転訛とされる。

摂末社

高良神社(武内宿禰)
真人神社(木梨真人)
稲荷神社 厳島神社 宇津神社
淡嶋神社 松尾神社 大山祇神社
祖霊社  道通神社(境外地)

神社について

(旧称) 糸𥔎八幡宮
(通称) はちまんさん
広島県三原市糸崎八丁目十番一号
9:00~17:00(社務所)
車/山陽自動車道本郷ICから約35分
山陽自動車道福山西ICから約25分
公共/三原駅からトモテツ福地線(登山口行き、上福地行き)でバス約16分
糸碕神社下車、 徒歩1分